在宅勤務が増えた頃、仕事と家事の境界がかなり曖昧になりました。
家にいるから、子どもの送り迎えをする。夕飯を作る。洗濯物を片づける。仕事の合間にちょっとした家事もやる。ひとつひとつは大したことがなくても、積み重なると「自分ばかりやっている気がする」と感じることがあります。
「ありがとう」が欲しくなっていた
当時の記事には、家事の負担そのものよりも、「ありがとう」と言ってもらえないことへの不満を書いていました。
誰かのために何かをすると、反応が欲しくなります。自分がやったことに気づいてほしいし、感謝してほしい。逆にそれがないと、だんだん損をしているような気持ちになってしまう。
でも、その状態で相手の反応を待ち続けると、家の空気まで悪くなります。
『嫌われる勇気』を思い出して、少し気持ちが変わった
そんなときに思い出したのが『嫌われる勇気』でした。
本の内容を自分なりに受け取ると、「相手がどう感じるか」を完全にコントロールすることはできない。それよりも、自分が家族の役に立てたという感覚を自分の中に持つほうがいい、という考え方です。
皿を洗った。夕飯を作った。子どもを迎えに行った。それで家が少し回ったなら、それはそれでいい。
もちろん、家事の分担に無理があるなら話し合う必要があります。「我慢すればいい」という話ではありません。ただ、「相手が感謝してくれないから、自分も感謝しない」という方向へ進むのは違うなと思いました。
自分から「ありがとう」を言う
相手がやってくれたことには、自分からありがとうと言う。家事をしてもらったら、そのことを当たり前にしない。
在宅勤務は、通勤時間がなくなる一方で、仕事と家庭が混ざりやすい働き方でもあります。家にいる人が全部やる、という状態にならないようにしつつ、家族の中でお互いが気持ちよく過ごせる形を探していきたいと思います。
